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僕等のヒーロー。

いつだって、子供には憧れるヒーローがいて、
「僕もいつかはあんな人になりたい」

となる。
その原動力で、文字通りヒーローになる人もいる。

ヒーローの定義は様々だ。もちろん、正義の味方……
ウルトラマンや仮面ライダーがヒーローとしては一番思い浮かべる
モノだろうし、

イチローや長友佑都もヒーロー。
人によってはあこがれの対象=ヒーローである。

その憧れも、いつの間にか大人になり、
自分の手の広がる範囲でしか
守れることしか出来ない、と知る。


セカイを守る……とか、国民的な認知を……なんていう大それたモノから
人は、次第に離れていく。


それでも、目の前を守ろうとする気持ちは立派に「ヒーロー」だろう。

愛する人を守りたい。目の前の人を、救いたい。
「ヒーローの心」を持っている限り、その人は「ヒーロー」だ。


でも、ヒーローを和訳して「英雄」とすると、どうにも
考えが変わってくる。


英雄とは、賞賛の陰で常に「妬み」「敗れたものからの怨念」が
付き纏っているイメージが有る。




「ウルトラマンA」という特撮番組の中で、敵の台詞に、こういうのがある。




そうだ、お前は勝った。勝った者は生き残り、
負けた者は地獄へ堕ちる。

しかし、これだけは覚えておくがいい。
勝った者は、常に負けた者たちの恨みと怨念を
背負って生き続けるのだ。

それが戦って生き残っていく者の運命だ。








生きることは 戦いさ
だから また今日も さあ 歩きはじめよう


※家なき子 オープニングテーマ 「さあ歩きはじめよう」より




勝利した人間には、いつも、この怨念が付き纏っている気がする。
それは、ヒーローと呼ばれる人にも。

だからこそ、覚悟と、英雄たる「責任」を持たなければ、その人は
ヒーローには、なれない。

目の前の人を守るにも、覚悟がいるわけで。

だから、僕らは、歩みを止めるわけには、
いかないわけです。

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[ 2011/06/26 10:35 ] ぼやき | TB(0) | CM(0)
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